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2007.10/24

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2008.1/20

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レイキとは

レイキの創始者は、臼井甕男(みかお)(1865年~1926年)鞍馬山で21日間の断食と瞑想を行い、「宇宙即我」の悟りを得られレイキを会得したと言われる。臼井霊気療法教義の公開伝授説明の中には「断食中に大気に触れて不可思議に霊感し、治病の霊能を得たのとを偶然自覚したのでありますから・・・」と書いてある。大正11年、東京の青山原宿に「臼井霊気療法学会」を設立され、関東大震災の時には多くの人を救療した。
臼井甕男の死後、いくつかの団体が生まれ広がりを見せた。江口しゅんぱく俊博の「手の平療治」、冨田かいじ魁二の「冨田流手当て療法」、林忠次郎の「林式霊気療法」などに分かれた。
林忠次郎は予備役の海軍大佐の時にレイキの伝授を受けたが、のちに東京の信濃町で「ハヤシ・クリニック」を開設し、治療とレイキの普及に努めた。
ハワイから病気の治療の為に来日したハワヨ・タカタは、林式霊気で完治した事がきっかけでレイキに感銘を受け、林忠次郎のもとでレイキを学ぶ。
ハワヨ・タカタはハワイに帰ってからレイキ治療院を開設し長い間治療に専念したが、1970年頃よりレイキ・マスターの育成を始め、22人の指導者を養成し他界した。
アメリカでは、タカタ先生の孫娘にあたるフィリス・レイ・フルモトと21人のマスターによる「レイキ・アライアンス」と、バーバラ・ウェーバー・レイによる「ラディアンス・テクニック」の2つの団体がレイキの普及にあたった。しかし、実際の普及は主力の団体に属さないティーチャ-の活躍が大きい。
 日本の場合は「ラディアンス・テクニック」の三井三重子が1986年頃からファースト・セカンドディグリーのセミナーを年二回始めた。ティーチャ-ズディグリーはドイツ人のフランク・ベッターが1993年(平成5年)に日本で公開した。